::Driving
::My Love Bugs and Dogs 我の友を 愛でること(車編1)

まるさんへ MEXへ にんじん号へ dogdogへ

●”まるさん” ’74 VW Type−1 1303S>

アメリカン・アニメで見たような気がする。
それがビートルだった。
幼児の頃の体験というのは、はっきりした記憶ではなく、
潜在意識の下の方に強く残っているようだ。
ずーっと乗りたいと思っていたかどうかは定かではないが、
いざ、そうゆう年齢になって、何を買うかと考えたとき、
迷わず出てきた。それもビートルだった。

バイト先のお兄ちゃんに相談したところ、埼玉で見つかったとのこと。
すべてお任せして、埼玉から持ってきてもらった。
サンキュー 元気ですか?>みーさん

でも なんかちがう。

私の目の前に表れたマルサンは、
ふとーいタイヤを履き、イメージと違うホイルをはめていた。
(ムーンしか知らなかったよ)
いっしょにバイトしてたイシハラ君は「ヴィンテージ」ってのに乗ってた。

なんかちがう。いっぱいちがう...

そんな毎日の中、マルサンは、すっかり私の生活の友となり、
大学までの道のりも物ともせず、ぶんぶん走ってくれた。
大学の前で駐車してて、先生に呼び出されたこともあったね。
女の子4人で、将軍塚にも登ったね。
(えっらい しんどかった...)


ある、春分の日のこと。
名神で、アクセル踏めどもメータがクゥーンと下がり、
「ひえっ」
身の程知らずの追い越し車線。慌てて走行車線へ移動。
でもブレーキ踏んだらもう止まっちゃう。
「ひぇっ ひぇっ」
ようやく路肩にたどり着き、停止。もはや動かず。
「ひょえ〜」
非常電話まで歩くの、怖かった事ったら。
JAFもお手上げ、そのまま市中引きまわしの刑に。
(なんにも悪いことしてないのに...たぶん)
京都南をすぎたところだったから、茨木まで延々と牽かれていった。

迎えに来てくれたのは池田に住む叔父。
原因はどうもコイルのようだ。
あとで、救急コイルを用意し、つけてくれた。ありがとー>おっちゃん

救急コイルを用意すべく、一路、池田に向かって戻っていく途中、
私は、といえば、己の心配も忘れ、
おっちゃんのポルシェ911に乗って浮かれていたのだった。


まるさんとの日々はあっという間に8年たった。8年の間にはいろんなことがあった。
あまりにも多すぎて、何がどうなって、どうなおしたのかはもはや記憶が定かでない。
覚えているのは、出来事のみ。曲がり角でハンドルをきると、
とたんにクラクションが鳴り出し、止まらなくなったとか。
そういう場合は、部品を買ってきて自分で本を見ながら直せたが、
いじっているうちに中のちっちゃなプレートがペコと折れてしまったり。
わけのわからないことをしていたものだ。そうこうしているうちに、

「そか、彼の場合、18年目に電気に関係するとこが一斉に逝かれるのか」

ということがわかってきた。
わかってきただけで、どうしようもなかったが、もう驚かなくなった。
「ほぉら きたきたぁ」
と言う感じだ。あと、覚えているのは逝かれた部分の名称ぐらいだ。
(マニフォールドってのを換えたりしたな、確か...)

彼のボディーはタフで、さびでボロなんてことはなかった。全塗装もしたし。
「それは左につけるもんぢゃないっすよぉ〜」
と言われても、
「これがいいの!」
とヒンジミラーを両側につけたり、
「これは便利だ!」
と言って、ウインクミラーをつけたり。つかないから、穴をあけたり...
「ウッドにする!」
と言ってドアノブやら窓のやらハンドルやら全部換えてみたり。
「汚くなってきたから」
と言って、内装天井やらドアパネルやらペンキで塗ってたり。
(これはけっこうイケたよ。割れてきたりはせえへんかった。塗り手がよいからね。)

ほぉら ね

ちゃんと高速も130で走ってた。京都への途中越えも軽やかだったし。
(あぁ なつかし...もう嫌なことって忘れてるんや...)

でも、いつしか私、そんな恋に疲れてしまったのか、浮気をしてしまった。

そして、まるさんは人の良さそうな若者に手渡されていった...